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もしかとは?
[ 340] ITmedia +D Games:「いっき」はもしかしたら、本当に“神ゲー”かもしれない (1/2)
[引用サイト]
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0611/15/news043.html
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Gyaoの番組に出演しました。懐かしのファミコンゲームを紹介するという企画だったんですが、番組内で取り上げたゲームは、かなりのバカゲーばかり。放送ではカットされましたが、実は「いっき」(サンソフト)もプレイしていたんです。 溜池交差点には、「溜池発祥の碑」がある。明治時代に埋め立てられるまで、このあたりは広大な池だったそうだ 今月13日から公開されている、Vol.18、ファミコン特集の回。ファミコンで登場した“神ゲー”を紹介している。 といっても、出てくるゲームは、「カラテカ」、「スペランカー」、「たけしの挑戦状」、「トランスフォーマー コンボイの謎」……。 “神ゲー”という単語が、本当に“神のような素晴らしいゲーム”という意味で使われていることは、ついこないだ知った。 ところで実は、この収録のときに「いっき」もプレイしていた。中川翔子さんと2人で協力プレイをやったのがあまりにうれしかったので、今回この連載でも「いっき」を取り上げることに決めてしまったのだ。 素朴なグラフィックに定評がある(?)「いっき」。2人協力プレイだと、1人でやるよりもかなり楽に進める この「いっき」の場面は、放送ではカットされていた。まあ、15分くらいのコーナーを撮るのに、1時間以上も盛り上がっていたから、どっかカットされるのは、やむを得ない。 むしろ、わたしがちゃんとしゃべれた部分ばかりつないでいただいたので、スタッフの皆さん、本当にありがとうというか、“まりがとうまいしてう”というか。 あと、わたしが現場で見て、ものすごく感動した“トランスフォーマーの奇跡”。放送で見て、もう1回感動した。これはぜひ多くの方々にご覧いただきたい。 「いっき」は1985年、サンソフト(サン電子)から発売されたアクションゲーム。アーケードからファミコンに移植された。 舞台は江戸時代の日本。悪代官による厳しい年貢の取り立てに耐えかねた2人の農民、“権べ”と“田吾”。鎌を手に取り、立ち上がった。一揆の始まりだ! ところが一揆だというのに、2人だけで、代官屋敷に向けて歩き出す(1人プレイのときは権べ1人)。ほかに仲間を集められなかったんだろうか? 実は権べも田吾も、友達がいないのかもしれない。……そう思うと、途端にこの2人に対して、親近感がわいてきた。わたしも友達が少ないもんで。ついでに言うと彼女もいないもんで。 ゲームをスタートすると、畑が広がる、のどかな風景の中。忍者がわらわらと現れて、2人に手裏剣を投げつける。 とはいえ、鎌が必ず命中するとは限らない。どうも真横から下にいる忍者に対しては、照準がちょっとずれるみたいだ。 また、忍者が複数いるときに、どちらを狙うか選べない。いちばん近い忍者に飛んでいくようだが、間に障害物があるかどうかは考慮されない。 忍者は上から現れるので、上へ進むときは鎌より竹ヤリのほうが、不意に現れる忍者に対処しやすいかもしれない 竹ヤリを拾うと、一定時間、上方向へ自動的に突きを繰り出す。塀の向こうの忍者も攻撃できるし、忍者を倒したときの得点も高くなる。 しかし、横や下に回りこんだ忍者には無防備となってしまうし、射程も鎌よりはるかに短い。竹ヤリを使うくらいなら、まだ鎌のほうがましなのだ。 まあ、年貢が重くて生活が苦しかったわけだから、小判を持ち帰って村の人々に配る、という解釈ができなくはない、かも。 3面からは代官屋敷の敷地内になるので、ねずみ小僧よろしく、悪代官から小判を盗んで村人に配っていると思えば、納得できるのではないだろうか? メガネに装着!ウェアラブル 超小型モニター アスナ Teleglass(テレグラス) 29,800円 7月1日より公開される映画「カーズ」のプロモーションのため、ジョン・ラセター監督とプロデューサーのダーラ・K・アンダーソンさんが来日。6月14日、都内で記者会見が行われ、多くの報道陣が駆けつけた。今回特別に同作品のゲーム化について、直接アンダーソンさんにインタビューすることができたのでお伝えしよう。 「リッジ」シリーズの醍醐味を集めた“真の全部入り”となるPSP用「リッジレーサーズ2」は、なにゆえに全部入りとなったのかを開発者の2人に聞いてみた。 現在、米国・ロサンゼルスにて開催中のE3 2006において、Xbox 360のファーストパーティであるMicrosoft Game Studios、そのジェネラルマネージャーを務めるシェーン・キム氏に話を伺う機会を得た。 「コンタクト」レビュー:ワクワクして電源を切るのがつらい。古き良き感覚を呼び覚ます新感覚RPGにコンタクトせよ ニンテンドーDSでは珍しい、オリジナルの新作RPG「コンタクト」は、オンラインRPG風の手軽なオート戦闘と、寄り道してこそ楽しい隠しイベントの数々があるなど熱中度が高く、ゲームをプレイしているという強い手応えを感じられる作品だ。 今回は「アウトラン」(セガ)を取り上げてみました。1986年のゲームですが、ゲームセンターでかなり長期間稼動していたこともあって、それほど古い作品には思えません。「アウトラン」っぽい風景を、伊豆で探してみました。 「天下人」レビュー:さまざまなジャンルをいいとこ取り。セガの戦国時代シミュレーション、その完成度とは? あのセガが歴史モノシミュレーションを発売、ということで話題となった「天下人」。ある意味セガらしからぬ1本と言える本作だが、そこはゲーム作りに熟知している同社。このジャンル初とは思えないほどゲーム性は良好に仕上がっている。ここではそのシステムを中心に、本作の見どころを検証していこう。 「リサと一緒に大陸横断 〜A列車で行こう〜」レビュー:かわいい秘書に助けられ、目指せビッグな鉄道王! 「A列車で行こう」シリーズの特別編にあたる「リサと一緒に大陸横断 〜A列車で行こう〜」がPSPで発売された。20年の歴史を持つ鉄道経営シミュレーションを、手軽にどこでも遊べるタイトルだ。メガネっコな秘書リサといっしょに大陸横断鉄道をつくろう。 「ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン」レビュー:このダンジョンに迷い込んだアナタは、きっと時間を忘れる 「ドラゴンクエスト」と「不思議のダンジョン」という、2つの人気シリーズが出会い、ゲームの魅力を改めて教えてくれる良作が誕生した。大人から子供まで、男性も女性も問わず、あらゆる人が楽しめること間違いなし。 初期のプレイステーションには、次世代ゲーム機競争を勝ち抜いたあととは違った、独特の雰囲気が漂っていたように思います。今回はそんな時代のヒット作「ジャンピングフラッシュ!」を取り上げてみました。 「大神」発売記念インタビュー:「大神」はアートじゃない。すごく間口の広い、質の高いアクションアドベンチャーなんです 世界に命と緑を取り戻すために冒険を繰り広げるネイチャーアドベンチャー「大神」。その独特なグラフィックや、どこかで見たことのある登場キャラクターなど、見どころの多い本作について、クローバースタジオのキーマン2人に話を聞くことができた。 記念すべき第20回の「レトロゲームが大好きだ」ですが、取り上げるゲームはダジャレで決めました。とはいえ、この魔界塔士Sa・Ga(1989年・スクウェア)は、単に“ゲームボーイ初のRPG”というだけにとどまらない、個性的なゲームでした。 戦国時代が舞台のピンボールとは、また奇矯な……。でも、大玉がただ奇をてらっただけのゲームでないことは、プレイするうちに少しずつ分かる。玉を自在に操るテクニックや、兵を優位に進軍させる戦術も必要だが、最後の最後は“声”が勝敗を分けるところが斬新に思える。 「DEAD OR ALIVE」に登場する女性キャラクターたちが、「ビーチバレー」や「水上綱引き」などを楽しむ南国ゲーム「DEAD OR ALIVE:Xtreme 2」のスクリーンショット15点を公開する。 戦国時代を舞台に、天下無双の豪傑たちが一騎当千の戦いを繰り広げていく「戦国無双」シリーズ。その待望の最新作がついに発売された。10名もの新規武将のほか、システムも大幅に刷新された本作は、まさに“正統進化形”と言える作品に仕上がっている。 「bit Generations series2 」レビュー:リリーさんも言ってることですし、第2弾もフランクにやってみることにします 7月13日に発売された第1弾に続く、「ゲームの原点」を見つめ直すことをコンセプトにしたseries2の4本。お手頃感はそのままにシンプルだからこそ分かる真理がそこにはあった。 |
[ 341] wHite_caKe - ヒト付き合いのコツなんてものを熟知しているワケじゃないが、それでも昔よりは判ることが多くなった。ような気がする。かもしれないねもしかしたら。
[引用サイト]
http://d.hatena.ne.jp/white_cake/20061229/1167365403
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■[ニンゲンカンケイ][マジック]ヒト付き合いのコツなんてものを熟知しているワケじゃないが、それでも昔よりは判ることが多くなった。ような気がする。かもしれないねもしかしたら。 「包丁で刺されそうになったりする話(私がでは無い)」という記事を読んだらなんかもう、すごくいろんなこと考えちゃったのですが、そのとき不意に、以前自分が作成した 私は学生時代マジックサークルに所属していまして、引退して卒業した後も、ワケあって延々とサークルに顔を出し続け、大勢の後輩の演技指導(というほどたいそうなものではない)をした人間です。 なんでそういうことが起こるかというと、これは正論ちゃんが疎まれるのと理由は同じで、そういう人間はしばしば押しつけがましいんですよ。だから嫌がられちゃう。 これは非常にもったいないことです。どんなに有益で素晴らしい意見を述べても、「押しつけがましいから」という理由で、中身が吟味されることなく、切り捨てられちゃうんですから。 んで、なかなか押しつけをしている本人はそのことに気付かなくて、正しくて有益な意見なら受け取って貰えて当然、いやむしろ相手は喜んで素直に受け取るべきだ、とか本気で考えちゃっているんですけど、はい、それが既にすんげー大間違いです。 中身さえよければ、どんなかたちで相手に意見を言ってもいいっていうのは、ケーキが入っている紙箱でキャッチボールして中身をぐちゃぐちゃにした後、 とか言って渡すようなものです。相手は気分を害するだけで、ケーキに手をつけてくれなかったりしますし、仮に食べてくれたとしても、あまりおいしく感じられなかったりするモノです。 洒落た皿にケーキを置き、皿とデザートフォークは事前に冷やしておいてきちんと並べ、紅茶はもちろんあたためられたカップで、テーブルの上には真っ白なテーブルクロスが糊のきいた状態で広げられ、脇には季節の花が美しく飾ってある……みたいな食べやすく美しく、相手にとって喜ばしいかたちでケーキを供することには、大きな意味があるのです。それは相手に対する思いやりでもありますしね。 有益な意見(=おいしいケーキ)を相手に対してどうしても伝えたくて、その良さを判って貰いたいのなら、そのためにはどう提供するべきなのか、しっかりと考えることが大切だと、私は考えます。 「どうすれば後輩を演技指導する際に押しつけがましさを回避して、相手にとって好ましい形で関わっていくことができるか」 これはあくまで、演技指導の際に考慮すべきこと、というちょっと特殊な用途で書かれたものですが、ニンゲンカンケイ全般に通じる要素を持っているのではないか、と私は考えています。 ここで、善意と熱意あふれるOBは思わず自分の気付いたすべての欠点を後輩に伝えたくなってしまうのですが、これが最大の間違い。 大体において、欠点などというのは、一つ克服するだけでもけっこうたいへんなものなのですから、数十にのぼる欠点などというものを指摘されても、本人はどうしようもなくなるだけなのですよ、はっきり言って。*1 でも、本人は指摘された以上はその欠点を直したくなるのです。なのに直せない。だから四苦八苦するし、自分に対して苛立つ。そこを更に とか言われるから、ストレスが利子つきでたまってしまう悪循環。最後にはストレス回避のために、指導者自体を疎み、避けるようになります。そもそも多くの人間は「他人に欠点を指摘される」ということをそれだけでストレスに感じるということを思い出しましょう。 一度の指摘で直せる欠点というのは、最大で三つまで。できれば一つに絞りましょう。一つの欠点を克服すれば、本人は達成感を得ることができますから、次の課題にも前向きに取り組めます。 「まずコレは直そう。そんで、余力があったら、ココを直そう。そして、更にそれでもなんとかなるようなら、出来ればコレも直すといいと思うよ」 という風に、優先順位をはっきりさせましょう。そうすれば、優先順位の高いものから一つ一つこなしていくことで、本人のストレスも減り、達成感も得やすくなります。 そもそも、どんなことにせよ「完璧」などということはあり得ません。欠点というのは、ないほうが望ましいかもしれませんが、あっても良いものなのです。全ての欠点を自分の意見で矯正してやろう、などと考えるのは、驕りです。 コツのその二。減点法より加点法。美点を見出し、そこを伸ばすことは、欠点の指摘よりもよほど難しいものですし、時にはずっと重要です。 そもそも、自信に満ちあふれ、自分のやることなすこと全てに間違いなし、完璧だ、などと確信している人間はほとんどいません。大抵の人間は、「コレでよいのかな、大丈夫かな」という不安な気持ちを抱えながら生きているものです。 欠点を克服していけば、不安をなくすこともできますが、欠点というのは必ず克服できるものではないのも本当。 ただし、「いいよ、とてもいいよ。よかったよ」と言われれば、嬉しいかもしれませんが、無根拠で無責任なタダの社交辞令にも聞こえます。どこがどのようによかったのか、それを本人に納得できるかたちで伝えてあげることで、本人は自信を持てますし、自分の演技の方向性をしっかり掴むことができるようになったりもします。 ただ、このような誉め方というのは、実はたいへんに難しい。日頃から加点法の考え方を採用して、他者を認め、その美点を見出す訓練を行うことをオススメします。 演技者がおのれの美点を知り、不安を克服し、自信を取り戻すためのお手伝いをしてあげましょう。それが出来れば、演技者は堂々と振る舞うことが出来るようになり、結果として演技の質は向上します。 コツのその三。この言葉は自分が気持ちよくなるためのものじゃないのか、ということを常に疑いましょう。 そして、その気持ちよさに酔った人間は、自分を更に気持ちよくするために、延々と相手を指導し続けたくなったりするから、本当に危ない。 最初は重要なことを伝えていたはずなのに、だんだん自分が上の立場にいるということを噛みしめるためだけに、くだらない些細なことまで偉そうに演技者に向かって語り始めてしまうことって、けっこうありがちです。 それならばまだよいですが、もっと恐ろしいのは、あなたのくだらない指導まで演技者が真に受けてしまうことです。どうでもよいことに足をとられて、演技者が前に進めなくなってしまいます。 などという指導をすれば、欠点は克服されるかもしれませんが、それ以上にその演技が本来持っている力強い味わいは消えてしまうでしょう。 演技自体のレベルが上がれば、現時点では欠点としか思えないものが、一つの味わいに昇華されるというのは、よくあることです。 現時点で欠点に思えるモノを全て指摘するのではなく、演技の総合的なバランス、味わい、個性、本人が目指している方向性などをまず掴み、その上でその方向性を伸ばしていくためにはどうすればよいのか、しっかり考えてからモノを言いましょう。 コツのその五。なすべきことは駄目出しや強制ではなく、あくまで提案です。その際、「何故か」ということも説明するのが望ましい。 ストレスをかけることがすべて悪ってわけじゃありませんが。かけられたストレスを跳ね返すことで強くなる人間もいますし、あえてそういう方法で指導したほうが、のびる人間もいます。 ただ、「一割のやる気があって打たれ強い人間は飛躍的に伸びるが、残り九割の凡人は脱落するシステム」よりも、「一割の人間の伸び率は若干落ちるが、九割の凡人も伸ばすことが出来るシステム」のほうが優れているというのが、私の考えです。*2 そして、ならばなるべくストレスをかけずに同等の効果を得られる方策を模索した方が、脱落者を減らすことができるのです。 そのためには、演技者に一つ駄目出しをするときには、「そうじゃなくて、こうしてみたら?」と自分から提案を行うことが大事です。これはストレスが低くなる。 また、そうすることによって、同じ一つの問題を、演技者と指導者が、近い立場で一緒に考えることも出来ます。お互いの意見を尊重しあいながら、一つの課題に一緒に取り組むという経験は、双方の信頼感を深めることに繋がり、たいへん有益です。 駄目出しをしたいときも、提案をするときも、必ず何故自分は駄目出しをしたのか、提案をしたのか、その理由を演技者にきちんと説明しましょう。そうすることで、演技者は「納得」ができます。「納得」している人間は、前向きに、熱意を持って動きます。「納得」できずに強制されただけの人間は、熱意を持ちにくく、後ろ向きになりがちです。まず「納得」してもらうことで、演技者のモチベーションを高めましょう。 コツのその六。最後に。私たちは対等です。そのことを決して忘れずに。そしてそうである以上、決定権は相手にあります。 複数の方法のメリットとデメリットを演技者に教え、その上で指導者が好ましいと考える方法がどれであるかを伝え、最後に演技者自身にどの方法を採用するか選ばせるというのが、私の採用していた方法でした。 私はたまたま数年、後輩よりも早く生まれただけの人間に過ぎず、その結果、後輩よりちょっとマジックに詳しくなっただけです。 指導者、演技者という言葉を使ってきましたが、実際にはどちらが上でも下でもないのです。私には知識と経験のアドバンテージがあるというだけで、そのこと自体は本来、立場の上下に繋がらないのです。忘れてしまいがちなことですが。私たちはあくまで対等。 対等である以上、私がどれほど「○○すべきだ」、「○○するのが望ましい」と思っても、そのことを相手に強制することはできません。 後輩の人生を、私が代わって生きてあげることは出来ません。後輩の代わりに私がステージに立つことも出来ません。 ならば、私が後輩の代わりに勝手に何が望ましいか判断してはならないのです。私は後輩の人生に何の責任も持てないのですから。 指導という言葉は、立場の上下を強く感じさせますが、実際に出来ることは、あくまでちょっとした手助けみたいなものなのです。当然、自分が相手に助けられることもあるでしょう。そのことを忘れずに。 そして、「ちょっとした」ものとはいえ、手助けができるということは、とても素晴らしいことであることも忘れずに。 *1:たまに能力が高いひとだと、数十だろうが数百だろうが、言われたことは全部直せるひとがいるが、これは数十人に一人いるかいないかのレアケース。 *2:もちろん、理想は「一割の打たれ強い人間も、九割の凡人も、最大限伸びるシステム」です。しかし、その場合には、個々人の資質を的確に見抜いた上での柔軟性の高い対応が必要となりますし、それはかなり難易度が高い。 『お邪魔します。一つの趣味を持つことはとても大切なことです。私はこれといった趣味が無く、一芸を持った人が非常に羨ましく思います。そして後輩の指導に就いても細かい心配りが出来る、これは若手にとっては素晴らしい先輩と言えましょう。これからも暖かい指導をよろしく。』 (2006/12/30 14:31) 『はじめまして。私自身、現役は退きつつ、後輩から相談を受けた際にはアドバイス・指導する立場にあるので、自分の役割や立場、現在の指導者とのバランスを考えてどうすればいいのか悩んでいました。そのためひとつの指針として、とても参考になりました。ありがとうございます。 >「熱心で真面目で善良なOBがやみくもに後輩の演技指導をすると、たいていの場合嫌われる」確かにそのとおりですよね。そして気づいた際にはもう求心力をなくしてしまっていますし。心にとどめて今後努めていきたいと思います。』 (2006/12/30 14:58) 『初めまして。いつも楽しく拝読しております。わたしは演劇部だったのですが、時々後輩のところに指導に行く(年に2回ほどですが)ので、とても参考になりました。ありがとうございます。確かに、わたしも現役時代、あまりにたくさんのことを言われると直そうと考えるよりも、ほとんどを忘れてしまっていたことを思い出しました。』 (2007/01/03 11:34) 『トラックバックありがとうございます、と言うかはわー凄い面白い記事で参考になります!教えるのが余り得意では無いので参考にさせていただこうと思います。なるほどなるほど…。』 (2007/01/03 21:57) 『私も後輩の指導に近いことをする事があります。内容に山から生還するための技術が含まれることもあって、決定権は後輩に無い場合もありますが、自分が調子に乗らないための戒めとして重要な言葉があると感じました。』 (2007/01/04 03:23) 『はじめまして。自分は指導を受ける側の人間ですが、非常に同意できる話でした。教わっている先生は非常にいい人で悪気は無いのはわかっているのですが、もうその人の指導を受けたくない。ちょっとした疑問点を聞いても「あなたは経験がまだ足りないから、今はこれをやってればいいよ」とか言われてまともに取り合わないのでストレス溜まります。本人が正しいと信じるのはいいけど、それ以外の考えを認めない感じが嫌になり、言葉の端々にこっちを馬鹿にしたようなものを感じるようにもなってきたので正直しんどいです。(自分の受け取り方の問題もありますが)最近になると、「あの人、人に注文多いけど、本人自体はあんまり成長してないよな」とか思いながら接してます。決め付ける言い方はやめて欲しいと言いたいけど目上の人だから中々言えない。しんどいです。』 (2007/01/06 00:45) 『非常に勉強になりました、自分が指導する時になんとなく気をつけていた事がきちっと明文化されていて、さらに新しい視点までいただいた気がします。』 (2007/01/06 03:51) [ニンゲンカンケイ][マジック]ヒト付き合いのコツなんてものを熟知しているワケじゃないが、それでも昔よりは判ることが多くなった。ような気がする。かもしれないねもしかしたら。 [マジック][ショーという生き方]「そういう趣味があると宴会のときいいよね」とか言われるけど実はそんなでもない |